引き続き自己紹介:私がアムステルダムに移住した理由④

さて、前回は、2社目を退職して大学院でアメリカ留学、というところまで来ましたね。

大学院では、国際開発協力の現場での非営利組織のマネジメントというようなテーマで勉強しました(たぶん勉強したと言っていいのだと思う)。コースワークは1年間、その後、半年のインターンシップをする必要がありました。

で、インターン、どこでやる?

といったとき、トルコに行くことにしました。

アムステルダムに立ち寄って恋したのは、2社目の時でした。
なので、本当はアムステルダムで何か見つかれば、アムステルダムに来たかったのです。

でもたまたま特にご縁もなく、先にトルコでのご縁が見つかりました。
しかし、何故トルコ?

なぜならば、その時すでに私は、ベリーダンスに心からはまっていたので、

トルコに行けば、インターンとベリーダンスが一度にできるじゃない?

と短絡的に考えたのでした。

でも、インターンも最初すぐには見つからなかったんですよね。レジュメも一体何通送ったか分かりません。結構しんどかったです。

そんなとき、たまたま大学院の図書館によく来ていて顔見知りになった地元のおじさんが、

トルコに行けばいいんだよ、コネ持ってそうな人知ってるよ

ということで、つなげてくれて、そしたら、メールを送った次の日に、インターンとしての採用が決まってしまいました。そんなわけで、これは神様の思し召しかしら、なんて思いながら、トルコに渡航。

結局インターンは約1年やって、その数カ月後に書き終えた論文をめでたく発表、大学院修了と相成りました。

ところが、結局インターン中、ベリーダンス踊ってなかったのです。レッスンはしょぼいのを受けたりしましたが。

でもインターン終わっちゃったし、もう一応トルコにいる正式な理由はなくなっちゃったんだけど、どうする?

といったとき、

とりあえず、踊る。

と決めました。

しかし、決めたはいいけど、まだ人様の前で踊れるレベルじゃなかったですから、毎日たぶん8時間くらい、一人で練習してました。本当に毎日。

そしたら、しばらくして、またまたひょんなご縁から、今度はダンサーとしてのレギュラーの仕事が見つかったのです。レストランで、トルコ人の女の子たちと一緒に、毎晩踊りました。
この時のことを、実は別のブログにいろいろ書いています。もしご興味ありましたら、検索してみてください・・でも、あえてリンクは貼らない。。だって、なんだか恥ずかしいから
これは約1年続けました。

そして1年経ったところで、ちょっと思うところもあり、いったん辞めたのです。
その時、

今度こそ、アムステルダム?

とまた思いました。

でも、今度は、どうしても師事したい踊りの師匠との出会いがあり、この師匠に習えるなら、と、さらに1年トルコにいることに決めました。

その間、最初のレストランの時に友達になったダンサーの子などからの引き合いで、それなりにお仕事もいただけて、生活も適宜どうにかなりました。

でも、思えば、最初にトルコの地に降り立った時から、

私はこの土地には根付かない、根付きたくない

とずっと感じていて、結局最後までその感覚は消えませんでした。
本当に、インターンと踊りのためだけにトルコには行ったのだと思います。

そんなわけで、その師匠のレッスンがいったん終了になったタイミングが、私の中でトルコ生活が終わったタイミングでした。

だいぶ、行き当たりばったりな感じがお分かりいただけましたでしょうか?

そんな感じで今までもやってきて、今もやってます。
あぁぁ、またこんなに長くなっちゃった・・・でもこれでやっと自己紹介終わりですー


もう少し、自己紹介:私がアムステルダムに移住した理由③

なぜアムステルダムへ、という話は書きましたが、

これからの話を書くのに、ここまでの流れとか、何を考えて(考えなくて)そんなことになったのか、などをお話ししておいた方が、

はぁ、この人だったらそんな展開もありかもね

と理解していただきやすい気がしますので、
もうちょっとだけ、以前の話も書いてみます。

大学に入るまでは順当だったのですが、どうも私は普通の道が歩けないらしく、
まず、就職活動はほとんどしませんでした(できませんでした)。

なんかこの、これからいよいよ社会に出て自分の足で歩いていくという時に、
リクルートスーツを制服のように着て、みんなと同じように会社訪問して面接受けていれば安心で
業種も職種も異なれば世界も求められるものもすべて違うはずなのに、
就職さえ偏差値という物差しだけで測れるような世界観で皆が動いているように見えて、
それがどうしても理解できず違和感があって、

もー、就活やめちゃえ!

で、卒業後は半年ほどフリーターをやっていました。

ばかっぷりというか、無謀っぷり、既にいかんなく発揮・・

半年後、たまたま、フリーターの時にバイトをしていたうちの1社で正社員のポジションがあるからやるか、と声をかけていただき、ありがたく就職。

コンサル会社のアドミでした。
で、3年勤めて、

アドミってばかだからアドミしかできないんでしょ?

という雰囲気(があったように感じたんです)が悔しくて、
今度は別のコンサル会社のコンサルとして転職。

ここも3年くらい勤めて、
すっかり疲れて退職。

実は、学部時代から、いずれは大学院に行きたいなぁと思っていたので、退職後アメリカの大学院に留学しました。
えーと、またまた長くなってきましたので、続きはさらに後日書きます~


なぜアムステルダムへ:私がアムステルダムに移住した理由②

で、なぜアムステルダムへ?

答えは、好きだから。

6年前に、当時勤めていた会社の同僚とヨーロッパを旅行したのです。

イタリアから始まって、電車で北上し、ドイツに立ち寄って最後にアムステルダム。

アムステルダムは、帰りのフライトがアムステルダムだったから行っただけで、特に観光らしい観光もせず、合計20時間ほどしか滞在しませんでした。

ところが、あてもなくぷらぷらと歩いたその滞在で、なぜかアムステルダムが大好きになってしまったのです。

帰りのフライトのため空港に向かっているとき、一緒に旅行した同僚に、
「アムステルダムいいねぇ、いつか住みたいなぁ、家賃高いのかなぁ」
と言ったら、
「はぁ?」
との反応。

あら、みんなが好きになると思ったらそういうわけでもないのね、と、そのとき理解しました。

以来6年。

いつかアムステルダムに住みたいな。

と夢を持ち続け、この9月に、本当に来ました。

もちろん、自分でもばからしいことはよく分かるのです。

きっと、旅行で舞い上がっていただけだろう、とか、何かの勘違いだろう、とか、自分でも思いました。

仕事が見つかるかも分からないのに、「好き」だけで、移住するなんて、ばかでしょう、とも、自分でも思いました。

で、試しにGoogleの画像検索で、パリとかロンドンとかシドニーとか、まだ行ったことのない、一般的に素敵と言われる土地の写真を見てみたりするわけです。

きれいな場所ならどこでも行きたいと思うんじゃない?と思って。

でも、アムステルダムの写真を見ると心がこんなにも踊るのに、パリもロンドンもシドニーを見ても、「あ、きれいかもね」とは思えても、住みたいとは全く思えなかったのです。何度見ても。

なので、

「えーい、ぐずぐず悩んでも仕方ない、行くぞ!」

と決めて、来てしまいました。

来てから3ヵ月ちょっと経ちますが、いまだに、好きだなぁこの街、と思います。

何が好きなのかは良く分かりません。
でも、やっぱり好きです。
なので、幸せです。

そんな風にして、アムステルダムに来ました。

・・ただ、好きで来たはよいですが、実際問題として、ビザは必要だし、仕事は必要だし、お金は必要です。
そんなわけで、来た喜びに浸る間もなく、現実問題に取り組むことになります。
その辺を、流れを追って、また書いていってみようと思います。


はじめまして!私がアムステルダムに移住した理由①

こんにちは、ご訪問ありがとうございます。

アムステルダムに来て3ヵ月とちょっと経ちました。

これまでに、就職活動をして、ビザ取得に奔走して、そしてこれからの生活にいろいろな思いを馳せつつ、なんとか生き延びようと動いてきて、今も動いています。

友達や、今まで会った人たちに、これまでたどってきた道の話をすると、だいたい、
「へーーー!」
という反応をもらいます。

自分では大したことでもないと思っていたのですが、

もしかすると、
私が経験した(している)ことは、そんなに多くの人がたどる道ではないのかも、
むしろ、結構レアなケースかも、
話として楽しんでくれる人がいるのかも、
と思い立ち、ブログに記録として残してみることにしました。

とはいえ、自分でもこのブログの行きつく先がどんな世界なのか、さっぱり分かりません。

正直、不安でこわい・・

でも、少しでも、面白がっていただけたら、こんな人もいるのねと思っていただけたら、
嬉しいなと思います。

というわけで、よろしくお願いします!:)